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peace of mind

私も いつかそこに 辿りつく

怒涛の2月が終る

2014年12月〜1年数ヶ月くらいは、私の中では人生の「ワガママ期間」だった。無理をしないように、やりたいことだけをワガママなくらいにやる。仕事も無理しない。やりたくないことは無理して引き受けない。やりたいことだけをやりたいだけやる。私にとってこの「ワガママ」に振る舞う事が非常に大切だった。行きたいと思ったから仕事全部キャンセルしてシンガポールに行ったし、観たいから全部観たし、やりたいと思ったことは徹底してやった。一方、やりたくない仕事は丁重に断った。今日は働きたくない(なんて日は数日しかなかったけど)と思ったら無理しないで休んだ。会いたくないと思ったら、うまい理由みつけて会わなかった。

居心地の良い場所や人、環境、仕事、、、それらだけに囲まれていたんだな、って今思えば分かる。

そのワガママ期間はいつまで続くのか分からなかった。けど、昨年の春頃に、唐突に終わりが来て、そして自動的に、アジャスト期間が始まった。一度、居心地の良いぬるま湯を知ってしまった私の身体には刺激が強かった。慣れるのにどんだけ時間かかるんだろう、って思うことも多かった。

楽な方が良いに決まってる、そう思っていた私にとって、目に見えて大変な方に歩き出す勇気がなかなか持てずに躊躇したりもした。でも、時間は鮮やかに過ぎ去った。

そして昨年の秋、引っ越しと仕事という2大巨頭が私の前に立ちはだかった。イヤでも冷水もしくは熱湯に身をさらさなければならなくなって、徐々に、前以上の自分になっていった。

引っ越しをし環境を変えたことも大きかった。

大役の仕事を引き受けたことも大きかった。

どちらも自分の納得いくまで100%納得するまで、考えに考え、準備し、そして自分で決断をした。気持ちよかった。何の後悔もないし、誰のせいでもなく、全て自分の責任。ようやくたどり着けた。これが今年の1月までのこと。

そこでストーリーは終らなかった。2月に入り、正確には7日からの今日までの3週間が、私にとって新しいステージ、世界になった。怒涛過ぎた。やってもやっても終らないタスクの山。それらを捌きながら、考えながら、前と同じじゃないかって一瞬頭によぎっても、すぐに消え、じゃどうしようと解決方法をすぐに考える方に思考が変化した。毎日が限界への挑戦だった。前のままだと乗り越えられない。早くレベルアップしなければ、そんな風に毎日毎日自分を励ました。そしてやれるだけのことはやってダメだったら諦める、無理にしがみつくのはよそう、そう腹落ちもした。

2月の怒涛の期間に、前のクライアントからお呼びがかかり、ひょこひょこ出ていってしまって話を聞き、軽卒にも請けてしまったけど、その後に呈示された「条件」があまりにも酷いもので、随分、低く見積もられたな、って悲しさと怒りにも似た感情がこみ上げたこともあった。交渉するのもアホらしい程の内容だったので、今後仕事は一切請けない覚悟で断った。はたから見たら、なんで? っていうことかもしれないけど、私にとっては重要なことだった。

仕事(というか何に、何のために私の時間・労力を使うのか)が私にとってすごく重要なことだったんだと、改めて分かった。

2月が終る。今は、怒涛の期間を過ぎ、まだまだ忙しさは変わらないけれど、非常に心が落ち着いている。3月はもっと大きなことが起こる。取り巻く環境が激変するのは目に見えている。この周りの変化のスピードについていけるか、ついていかないのか。私は私という軸をしっかり保ちながら、そう、歩んでいく。