peace of mind

私も いつかそこに 辿りつく

ブログ

18時過ぎ、いつもより若干遅めに更新された舘様のブログ。最後の運命のくだりを読み終わって、呆然としてしまって、そして気づいたら涙出てた。久しぶりに涙流した。

舘様の言葉は、不思議なんだけど、私の中にない言葉だったり、考えだったりするから、実は非常に難解だったりする。私の場合、好きな人の考え、言葉の紡ぎ方という一定のルールみたいなのは好きになった時点で、ある程度その人の考え、価値観みたいな大きな枠組みが自分の中にも出来ているもんなんだけど、舘様の場合はそういう今までの前例みたいなものを飛び越えているもんだから、要するにその枠組みが未だに私の中に出来ていない(感がある)。だから今でもインタビューとか読んでいても、たまに???って思うところがあって。それはポンコツだから、とか、すっとこどっこいだから、とかいう次元の話ではなく、要するに彼の考え方、言葉の使い方といったフレームワークが私の中に全くないからだと改めて思った次第。何て言うか、外国語もその言葉を知らなければ何も理解出来ないに等しい、というやつに近い。

好きになると私はその人の全てを知りたいと思うし、何ならその人そのものになりたい、同化したいって思ってしまう(危ない)タイプだけど、不思議と舘様に限ってはそれがなく、とにかく舘様は舘様でいて欲しいと願ってて、私がそれに同化できるとも、したいとも思わない。枠組みを敢えて入れないで来ている感じ。きっとこれはずっと遠くから好きだったせいなのもあるかな。だからこそ、ブログを読んでも、どういうことかな? って毎回考えさせられたり、正直、理解が出来ない(腑に落ちない)ことが今でも普通に起こるんだな、って。

前に応援していた子はかなり早い段階で自分の中に彼の枠組みがあったから、何を読んでいても違和感もなければ、理解できない箇所もなく、すんなり入って来たもんだった。だからこそ物足りなさとか、違うでしょ、そうじゃない! っていう強い気持ちでの否定も出来たんだけども。舘様には全くそういうストレスも感じず、とにかくありがたい、ありがたいって感じでそのまんま受け止められている。

言葉の強ささえあれば、言葉に魂がこもっていれば、私はどんな人でも大丈夫。好きキライは置いておいても、言葉に責任感のある人というか、言葉に力のある人であれば、尊敬出来る。尊重できる。

舘様なら大丈夫。イケる。

これも1つの運命かな。