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peace of mind

私も いつかそこに 辿りつく

家族

大切にしていること

明日は母の誕生日。2ヶ月ぶりに帰省予定。メッセージカードは買ったけど、まだプレゼントは買ってないし、何なら何を贈るか決めてもいないので、今日明日で考えないとっ。。。

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自分で言うのもあれだけど、うちの家族以上に仲の良い家族って世界中探してもなかなかいないんじゃない? ってくらい、うちは仲が良いと昔から思ってた。父と母は未だに仲良く、ラブラブの恋人というよりも兄妹みたいな関係で、端から見てても切っても切れない絆を感じる。どっちかが死んだら、片方もすぐに死んじゃうんだろうな、って真面目に思うくらい。子どもとしては心配だけど、まぁでもそこまでの人に巡り会えた2人が羨ましくもあり。

私は反抗期らしき反抗期もなく、特に親を心配させるようなこともなく育った。弟は中学生の頃に若干いじめに巻き込まれたこともあり心配したけど、離れた高校に入ったことで回避できて、その後は特に大きな問題も心配もなく今に至る。

毎年春と秋には家族旅行をして、何かあれば実家に集まって、ぐだぐだして。特に何をするわけでもなく、とりあえず家族で集まることが多い。目的もなく集まるもんだから、何をすることなく一日が終ることもしばしば。

子どもの頃は、どの家庭もそんなもんだと思っていた。それが普通だと。でも大学生くらいになって、どうもうちは他所様の家庭とはちょっと違うらしい、仲が良すぎるらしいぞ、って思い始めた。ほんと仲良いね、って未だに言われるけど、その仲良しはちょっと異常なくらいだった。でも、そこに問題があるだなんて思いもしなかった。仲良きことは美しきかな。うちほど仲が良い家族っていなんだなぁ、って、誇らしげに思うことはあっても、否定する要素なんて一つも見当たらなかった。

でも、うちには大きな問題があった。そして歪つだった。

「仲の良さ」が足かせとなり、お互い心配をさせちゃいけないという気持ちが最優先され、本音が言えない集まりになっていた。言いたいことが言えない状況は、思えば私が物心ついた時からで、親に心配をさせちゃいけない、迷惑をかけちゃいけない、と過度に責任感を背負う性格に結実した。で、誰も何も問題を心配も持ち込まない関係は一見居心地が良いといえば良く、何の疑問もなく、家族という小さなコミュニティの平和な世界は壊されずに奇跡的に続いた。

そんな「仲の良い」家族だったけど、数年前、私がその歪さに気づいてしまった。気づいちゃったもんだから仕方ない。だって知っちゃったんだもの。何ヶ月か悩んだ末、母親と父親にそれを伝えることにした。勇気ってこういうことを言うんだと今でも思うけど、伝えるのには覚悟が必要で、言う直前は後悔すらした。

でも、結果、言って良かった。皆でその問題を自覚でき、それから、うちの家族、変わった。少しずつだけど。かすかだけど。端からみたら多分なんにも変わっていないだろうけど。確かに変わった。

あれから数年が経った。あの時、勇気を出して言えて良かった。前よりももっと強くなった気がする。人間関係の基本は家族、とは良く言われるけど、本当にそうだと思うんだ。

 

母の誕生日を控え、そんなことを思う一日。